SOUTH EAST ASIA TOUR 座談会 <イントロダクション>

VIVISICKは2005年5/27から6/25まで約1ヵ月の東南アジアツアーを行った(インドネシア→シンガポール→マレーシア→ボルネオ島<マレーシア領>→フィリピン→タイで計18本のライブを敢行)。最初はツアーレポートという形でアップしようかと思ったが、みんなの意見を聞いてもらいたいという意味合いと、文を書く一人だけが明らかに辛いというもっともな理由で座談会形式に変更。今回の参加者4人中3人が住む東京練馬のジロー(ANODE/GUITAR)邸にて、夏なのに鍋を囲みながらかなりの泥酔状態で行われた。

<参加者>
BASS:TAKAHASHI(以下T), GUITAR:ONO(以下O), VOCAL:SUNAO(以下S)

<聞き手>
A-KEY(今回の東南アジアにカメラマンとして同行。以下――)

<ゲスト>
ジロー(以下J)

――まず、この東南アジアツアーはどういう経緯でやることになったの?

T:まずインドネシアの人から「来ないか?」ってメールをもらって、とりあえず「インドネシアに行きます!」ってメールを送ったのね。そしたら「もし他の国に友達がいるなら絡めて東南アジアツアーみたく出来るよ!」って言われて。でも「俺たちは東南アジアに友達いないから」って答えたら、それを聞きつけた人だかなんだかわからないけど、色んな人から「うちの国でもライブできるよ!」って感じのメールがドンドンくるようになってさ。

――いつ頃の話?

T:うーんノだいたい、去年の夏〜秋くらいだったかなー。そう、最初はオジー(インドネシアのオーガナイザー/MORTAL COMBATのギター)からメールがきたんだけど、それとほぼ同時期にフェンディー(CARBRETOR DUNGのベース)からも、偶然の同時期にメールが来たんだよね。

――え?お互いたっちゃんにメール送ってることを知らなくて、同時に送ってきたの?

T:そうそう。それでオジーがジャリ(シンガポールのオーガナイザー/SECRET 7のドラム)を紹介してくれて、フェンディーのバンドのジョー(マレーシアのオーガナイザー/CARBRETOR DUNGのギター)がイエム(ボルネオ島のオーガナイザー/HASRATのギター)と、エマン(フィリピンのオーガナイザー)、ヨスとクリス(タイのオーガナイザー二人)を紹介してくれたんだ。で、全員とメールのやりとりをしたら、みんな「来なよ」って言ってくれてさ。そんなわけで各国のオーガナイザーたちがそれぞれで各地のライブをセットアップしてくれていってたんだよね。そういう感じで全員とメールのやりとりをして、すべてが繋がっていったんだ。

――で、オノッチは東南アジアツアーが決まったとき、どう思ったの?

O:いやー、僕はワールドワイドですから〜どこでも行きたいなーって。笑。

――東南アジアにどういうイメージがあったの?

O:イメージはわかなかったね〜。とりあえず外国だなーって。

S:いやー、行く前は東南アジアにパンクとかハードコアがあるっていうイメージがまったくわかなかった。あんな巨大なシーンがあるとは思ってもみなかった。

T:いやー、あれはすごかったね!

――ところで一ヶ月のツアーって長いじゃん?それについては誰も疑問を持たなかったの?

T:最初は二週間くらいで行く予定だったんだけど、なんやかんやで三週間になって、で、一ヶ月になって。で、もう最後の方はどうでもいいやって。笑。だいじょーぶかなー?とは思ってたんだけどね。笑。

――ま、でもせっかく行くんなら一気に行っちゃった方がいいもんね。オノッチは一ヶ月行くことについてどう思ったの?

O:えぇぇぇ〜!? だってオレ、一ヶ月行くってしらなかったからねぇ!(一同爆笑)

――まあオノッチは、オレにどこ行くの?って聞いてたくらいだからね。笑。で、一ヶ月やり終えてどうだったの?

S:誰もが気狂ってもおかしくない状況だったけと思うよ。体力的にも、精神的にもつらかったと思うよ。皆、よくがんばったよ、ホント。

――具体的に何がつらかったの?

S:やっぱライブが16本(急遽飛び入りしたライブを含め18本)って、多いわけじゃないけど、少ない訳でもないからさ。オレは日本でもそうだけど、やっぱライブがある日って朝からすごく緊張するしさ。そういう意味で辛かったね。あとは炎天下での移動とか。特に疲れがたまってきたツアー中盤のフィリピンの移動はかなり効いたね。あと、しゃべれない英語をがんばって話したり聞いたりとかし、神経すり減らしたとか、そういったことかな。もちろんすっげえ楽しかったけどね。

O:でもやってみて、いい価値は生まれたね。やる価値はすごいあったよ。音響的にも機材的にも優れてないところでも、やっぱりやってるヤツはやってるし。そういうことを肌で感じることができったってのが一番良かったね。でも正直、日本のきちんとした音響システムや機材に慣れて、ぬるま湯につかってるオレらが、いきなり行くってのはキツいよね。誰でもキツいと思う。

S:でもそこらへんは、最初にアメリカでD.I.Yショーを経験してたから、ほとんど気にならなかったな。最初に東南アジアだったらかなりキツかったかもしれないけど、その前にアメリカでやってた経験はでかかったと思う。

O:うん。確かに音とかが悪くても、まぁこんなもんだろうなっていうのが、自分の中で想像できて、そのなかに収まってるくらいだったね。正直もっと悪いのかなと思ってたからさ。

T:オレも思ったより機材とかは全然良かった。でも、それは企画してくれた人たちがすっげえがんばってくれたんだよね、わざわざ日本からバンドが来るからってことで。まあ、それは他の外国のバンドにしてもそうなんだと思うけどさ。とにかく機材に関してはすげえ言われたよ。ライブ終わったあとに「こんなんでゴメンね」とか。ツアーに行く前もメールで「機材はとにかく良くない」とか「いいアンプを借りたいから金がどうのこうの」とかすごい言われててさ、なんかすっごいがんばってくれてるなーって思ったし、申し訳ない気がしたよ。俺たち的にはあっちでやってるライブの感じで全然良いと思ってたから「そんなに気にしないでいいよ」とは言ったんだけどね。

――じゃあ、ツアー全体を通しての感想は?どうだったの?

T:オレはめちゃめちゃ良かったね。ライブだけじゃなくて、生活的にも、なんか、やっぱ俺たちもアジア人なんだなって色んな意味で思った。でもさ…なんかアジアってあんまり繋がりないじゃん、俺たち日本人ってアメリカ人とかの方が繋がり多いじゃん、ハードコアってさ。なんで、アジアはこんなに近いのに遠いのかなって…。でもそれって、正直、誤解を恐れず言えば生活レベルの差なんだと思うんだ。というのも一番、問題だと思ったのは、音源とかのハードコアのメインのものって日本人の俺達からするとやっぱり欧米だったりするわけじゃん?アメリカのレーベルだったり、ヨーロッパのレーベルだったり、もちろん日本のレーベルもだけど。でもそういうのって、東南アジアの人からすると異常に高いんだよね。だから東南アジアでリリースされたカセットとかの方が、値段もあっち価格なんだろうし流通もいいから、全然聴く機会が多いんだなって思った。もちろんアメリカのバンドとかも知ってるんだけど、外国の輸入版みたいな感じのものはオレらみたいなレベルでレコード屋行って、軽く買えるレベルじゃないからさ。

S:そんな状況だから、東南アジアはすごく低価格でブートのCDRがライブで売られてるわけだけど、でもそれは普通の金儲けでやるブートとは全然意味合いが違うよね。オノッチはあのブートはすっげえいいって言ってたよね。 金がなくてCD買えない皆が聴くために安く作ったものだからって。

O:そうだね。オレは大賛成だね。

S:じゃないと、ホントに聴けない状況って感じだったもんね。

O:だってオレも田舎だったから、そういうのあったからね。やっぱり誰か1人が買ってきたCDを皆でテープに録ってさ。で、良かったらそのCDを街まで買いに行ってたからさー。やっぱそれは基本でしょう。それがダビングのテープじゃなくてCDRになっただけの話でさ。バンドの人気とかで値段をあげたりとか、そのCDRの値段が高かったらおかしいしダメだけど、皆で聴く分に回すのは全然いいことだと思う。俺達が見た範囲での話しになるけど、東南アジアのブートは金をもうけるとかじゃなくて、純粋に皆に聴いてもらいたいっていう姿勢だったからすごく良いと思った。

S:そうだね、「CD欲しいけど、とてもじゃないけど高くて買えない、だからパソコンを持ってる友達の家に行ってダウンロードだ」って言ってたね。

T:逆にオレらなんかに比べると、ネットでダウンロードってのが盛んだもんね。それも東南アジアの状況を考えると一概に悪いこととは言えないのかなって思う。結局、東南アジアの人たちにしたら、外盤のCDは高いからね。

――日本は買おうと思えばCD買えるじゃん。でも向こうの人は買えないもんね。

T:でもオレね、マレーシアで何人かに「なんでCDを持ってこなかったんだ?」って言われたんだ。彼らに言わせると「通販でアメリカとかから買うより、ライブでお前らから買った方が安いから、高くてもちゃんと金だして買う。バンドから直接買いたいんだ」ってことだったんだよね。だからCDを持っていかなかったのは、すげえ残念だった。考えてみたらやっぱり欲しい人は、好きなバンドだったら高くてもオリジナル版を買いたいっていうのは当然あってさ、それは俺らの感覚でもあるんだよね。でもやっぱり一ヶ月のツアーで物販までは持って行けなかったけどね。バンで移動するわけじゃないからさ。

S:あと税関の問題もあったしね。ほとんどの国は税関ゆるかったけど、行く前はそれすらもわからなかったし。でもフィリピンでみたいにしつこくチェックされる国もあったからね。

――ところでFUCK ON THE BEACHと行ったことについてはどうだったの?(ツアー前半部にあたるインドネシア〜マレーシアまではFUCK ON THE BEACHと共に回った)

O:アキ!お前はいい質問するなー!(一同爆笑)

T:FUCKと一緒に行ったのはすっげえ楽しかったね。日本でツアーしたのは一回くらいしかなかったけど、やっぱりすっげえいい人たちだったし、ライブもすっげえかっこよかったしね。

S:そうだね。あと俺たちが一番最初に知り合ったハードコアバンドがFUCK ON THE BEACHだったからさ。そんで、その頃に他に知り合ったバンドっていっぱいいるけど、今もやってる人たちってあんまりいないじゃん?知り合ってから10年くらいたっても、まだお互いにやってて一緒に東南アジアに行くなんてことは、その当時は想像も出来なかったわけだしさ。そういうこと考えると、一緒に東南アジアでツアーやれたってことは感慨深いものがあるなー。

――それは確かになんか感動的だね。にしてもツヨシくんはライブやってるか、しゃべってるかって感じだったよね。笑。

O:俺、でもホント今回はツヨシくんにすごい救われてたと思う。

T:あー、確かにね。

O:ツヨシくんってすごいアッパー系じゃん。会話とかすごい面白いし、ホント救われたもん。タイミングがいいところで、面白いこと言うんだよね。

S:確かに、ちょっと皆疲れてオチ気味な時とか、すっげえ面白い話とか言うんだよね。

――あの人はホント面白いね。ツヨシくんは全然英語出来ないんだけど、人がすっげえ集まってくるんだよね。全然英語出来ないのに、話が盛り上がってるもんね。

S:オノッチの英語もメチャメチャだけど、外国人に好評だもんなー。笑。それってホントすごいことだと思う。

――国としてはどこが印象に残ってるの?

T:オレはフィリピンがよかったな。なんかエネルギーが凄かった。街も凄かったし、いい意味でも悪い意味でも人の勢いが凄かった。確かに一番移動とかはつらかったけど、ライブも面白かったし、一番ビビったなー。ライブやった場所のほとんどで俺たちのバックドロップ(旗)作ってたしね。

O:オレはどこも良かったけどなー。どれかって言われたらインドネシアの最終日か!ジャカルタかな!一番びっくりしたのは鋲ジャンがいたってことだね!あれはすげえよ!あいつらはパンクだよ!あんなメチャクチャ熱い国で鋲ジャン着てるんだもんなー!度肝抜かれたねー、あれには!オレら半ソデでも倒れそうだっていうのにさ!

S:ジャカルタとマニラは特別だったなー。もちろん全部良かったし、その良さを比べることはできないけどね。

T:うん、ジャカルタとマニラはすごかったね。オレはインドネシアとフィリピンには歴史を感じたね。そんなに若いシーンじゃないなっていう感じがシーンの熟成具合からすごく伝わってきた。

――なんかジャカルタはD-BEATが主流っぽいよね。すっごい知ってたよね、日本のD-BEATバンドとか。FINALまで知ってたのは驚いたね。ジャカルタの話が出てきたところで、まずはインドネシアの話から具体的に話を進めて行こうか。

続く...